CR2032の寿命と主電源OFFの関係
画像検査装置、測定装置、製造装置などに組み込まれている産業用PC。
こうした設備は、一度導入すると10年以上使用されることも珍しくありません。
一方、その産業用PCのマザーボードには、数百円程度の小さなコイン電池が搭載されていることがあります。
代表的なのが CR2032 です。
この電池は主にRTC(Real Time Clock)やCMOSのバックアップに使用され、装置の主電源が切られている間も時刻や一部の情報を保持する役割を担っています。
そして、このRTCバックアップ電池には見逃せない特徴があります。
それは装置の主電源を切っている時間が長いほど、バックアップ電池が働く時間も長くなるということです。
装置の電源を切っても、RTCは止められない
PCの電源を切っても、次に起動したときには正しい日時が表示されます。
これはRTCが主電源とは別にバックアップされているためです。
主電源が供給されている間はマザーボード側からRTCへ電力を供給できますが、主電源が失われると、CR2032などのバックアップ電池がRTCを維持します。
つまり、
主電源ON
→ RTCは主に装置側の電源で動作
主電源OFF
→ RTCバックアップ電池の出番
となります。
「装置を使っていないから電池も消耗していない」と考えてしまいそうですが、RTCバックアップ電池についてはむしろ逆で、装置を使わず主電源を切っている時間が長いほど、バックアップ電池は消耗していきます。
RTCバックアップ電池は何年もつ?
ここで難しいのが、RTC電池の寿命を単純に「CR2032だから○年」と決められないことです。
寿命には、
- RTC・CMOS回路のバックアップ電流
- 電池容量
- 主電源OFF時間
- 周囲温度
- 電池自体の自己放電や経年劣化
などが関係します。
そのため同じ3Vのリチウム一次電池を使用していても、機器によって公称バックアップ期間は異なります。
実際、産業機器メーカーの仕様を見ると興味深い違いがあります。
電源OFFで3年、ONで10年という産業用コンピュータも
Advantechの産業用コンピュータECU-4784のユーザーマニュアルでは、CMOSバックアップ用のBR2032について、システムの電源OFF時にCMOS電池が消費されることが説明されています。
さらに電池寿命について、
| 使用状態 | 電池寿命 |
|---|---|
| システム電源OFF | 約3年 |
| システム電源ON | 約10年 |
とされています。
同じ機器、同じバックアップ電池でも、通電状態によってこれだけ大きな違いが生じる場合があります。
一方、OMRONのマシンオートメーションコントローラNX5には、25℃・通電率0%、つまり電源OFFの状態を条件として、バックアップ電池寿命を5年としています。
したがって、
「産業用機器のRTC電池は3年で切れる」
ということではありません。
重要なのは、
電池、バックアップ回路、温度、そして装置の運用方法によって寿命が大きく変わる
という点です。
節電で見落とされやすいRTCバックアップ電池の消耗
近年の工場では、省エネルギーや待機電力削減のため、使用していない設備の主電源を切る運用も珍しくありません。
例えば、
- 平日9時間稼働
- 夜間15時間OFF
- 土日は終日OFF
という設備を考えてみます。
1週間168時間のうち、主電源が入っているのは45時間。
残りの123時間、約73%は電源OFFです。
RTCバックアップ回路の構成によっては、この時間をバックアップ電池が支えることになります。
もちろん、
「節電するとRTC電池がすぐ切れる」
という話ではありません。
しかし、従来24時間通電していた設備を夜間・休日OFFに変更すれば、RTCバックアップ電池が働く累積時間が増える可能性があります。
省エネという設備全体では望ましい運用が、RTC電池という非常に小さな部品だけを見ると、交換頻度を上げる方向に働く場合があるわけです。
数百円の電池でも、交換作業は数百円では済まない
CR2032そのものは安価です。
しかし産業設備の場合、問題になるのは電池価格よりも交換作業です。
画像検査装置や測定装置、製造装置の内部に産業用PCが組み込まれている場合、電池交換だけでも次のような作業が必要になることがあります。
装置停止
↓
装置カバーを取り外す
↓
産業用PCを開ける
↓
CPUボード上の電池へアクセス
↓
RTCバックアップ電池を交換
↓
RTC・BIOS/UEFI設定を確認
↓
装置を復旧
場合によっては装置メーカーや保守会社による作業が必要です。
つまり、数百円の電池を交換するために、設備停止と保守工数が発生します。
10年以上使用する産業設備であれば、
「RTC電池を何回交換することになるのか?」
という視点も、保全性を考える上では無視できません。
さらに、電池交換が必要な設備の台数が増えれば、その影響も大きくなります。
生産ライン上の設備であれば、電池交換のためにライン停止が必要になる可能性もあります。
装置メーカーや商社にも保守工数が発生する
この問題は、設備を使用するユーザーだけのものではありません。
装置を納入したメーカーや商社にとっても、RTCバックアップ電池は保守上の課題になる可能性があります。
RTCバックアップ電池は消耗品ですが、納入後のすべての設備について電池の状態を継続的に確認し、寿命を迎える前にユーザーが電池を交換してくれるかどうかはわかりません。
特にCR2032のようなRTCバックアップ電池は、通常運転中には劣化に気付きにくく、主電源を切った後の再起動時などに初めて問題が表面化することがあります。
例えば、
「長期休暇明けに装置を起動したら時計がリセットされている」
「電源を入れ直したらRTCやCMOSに関係する異常が発生した」
といった症状です。
こうなるとユーザーから装置メーカーや納入商社へ問い合わせが入り、原因の切り分けが必要になります。
商社から装置メーカーへの問い合わせ、メーカーでの原因調査、保守担当者の手配、場合によっては現地訪問、電池交換、設定確認、動作確認まで必要になるかもしれません。
原因が数百円のバックアップ電池だったとしても、そこにかかる人的コストは数百円では済みません。
さらにRTCバックアップ電池の寿命は、単純に「納入から何年」と決められるものではありません。
24時間通電されている設備と、夜間や休日に主電源を切る設備では、バックアップ電池が働く時間が異なるためです。
つまり装置メーカーや商社から見ると、ユーザーごとの運用方法によって寿命が変わり、一律の交換時期を設定しにくい消耗部品でもあります。
だからこそ、電池切れが発生してから対応するだけではなく、装置設計の段階から、
RTCバックアップ電池を長寿命化する
あるいは、
交換しやすい場所へ配置する
という保守性を考えておくことにも意味があります。
RTCバックアップ電池を10年もたせるという考え方
では、交換しやすくするだけでなく、そもそもバックアップ電池の交換頻度そのものを減らす方法はないのでしょうか。
CR2032より大容量の3Vバックアップ電池もある
RTCバックアップに使える3V一次電池はCR2032だけではありません。
産業用途では、長期バックアップを目的としたBR系フッ化黒鉛リチウム電池も使用されています。
その一つがPanasonicのBR-2/3Aです。
| CR2032 | BR-2/3A | |
| 公称電圧 | 3V | 3V |
| 公称容量の例 | 約200mAh級 | 1200mAh |
| 形状 | コイン形 | 円筒形 |
| 主な特徴 | 小型・入手性 | 長期バックアップ用途 |
| 容量比 | 1 | 約5~6倍 |
BR-2/3Aは公称3V・1200mAh。
PanasonicもBR系円筒形リチウム電池の用途として、FA機器などのメモリバックアップを挙げています。
実際に「無通電10年以上」を狙った産業用CPUもある
BR-2/3Aは、単に容量の大きな3V電池というだけではありません。
実際に、RTCバックアップを長寿命に設計した産業用PCでも採用されています。
CONTECの産業用Box PC IPC-BX950シリーズでは、カレンダ時計とCMOS RAMのバックアップにBR-2/3Aを使用しており、公式資料では25℃・電源切断状態で10年以上のバックアップ時間とされています。
つまり、
産業用PCを長期間使用するなら、RTCバックアップ自体を長寿命に設計する
という考え方は以前から存在します。
CR2032を数年ごとに交換する設計だけが唯一の方法ではありません。
既存のCR2032搭載機を長寿命化する
では、すでにCR2032を搭載した産業用PCではどうでしょうか。
CPUボードそのものを変更したり、基板を改造したりするのは現実的ではないケースも多いでしょう。
そこで一つの方法として考えられるのが、CR2032と同じ形状のダミーコイン電池を使用して、バックアップ電源を外部へ引き出す方法です。
ダミーコイン電池でバックアップ電池を外付けする

構成としては、
CR2032ホルダー
↓
ダミーコイン電池
↓
ケーブル
↓
外付け3Vバックアップ電池
となります。
これならCPUボードそのものに半田付けなどの改造を行わず、バックアップ電源を外部へ取り出すことができます。
例えば3VのBR-2/3Aを使用すれば、CR2032より大容量で、長期バックアップを意識した電源構成を検討できます。
さらに外付け化には、容量を増やすこととは別のメリットもあります。
電池を装置の保守しやすい位置に配置しておけば、次回の交換時にCPUボードまでアクセスする必要がなくなります。
つまり、
「電池交換の頻度を減らす」
と同時に、
「次に交換するときの作業も簡単にする」
という二つの方向から保守性を改善できます。
外付け化する際の注意点
CR2032とBR-2/3Aはいずれも公称3Vのリチウム一次電池ですが、BR-2/3Aは容量や物理形状が異なります。
そのため実際の使用にあたっては、極性を含む配線、電池の固定、ケーブルの取り回し、短絡防止などの安全上の設計が必要です。
また、既存機器への変更となるため、メーカー保証や保守条件についても確認する必要があります。
10年使う設備なら「小さな消耗品」にも目を向けたい
産業用PCや画像検査装置、測定装置は、10年以上使用されることがあります。
その一方で、内部にはRTCバックアップ電池という消耗部品があります。
今回例に挙げたように、平日9時間稼働、夜間と土日は主電源OFFという設備では、1週間の約73%が電源OFFになります。
主電源OFF中にRTCを電池でバックアップする設計であれば、それだけバックアップ電池が働く時間も長くなります。
そして厄介なのは、RTCバックアップ電池の残量を、装置メーカーや商社が納入後も継続的に把握することは難しいという点です。
電池切れが発生してから、
「時計がおかしい」
「電源を入れ直したら設定が変わった」
「装置がいつもと違う動きをする」
といった問い合わせを受け、原因を調べて初めてバックアップ電池の消耗に気付くことも考えられます。
原因が数百円の電池であっても、問い合わせ対応、原因調査、商社とメーカー間のやり取り、サービス担当者の手配、現地訪問、電池交換、設定確認まで発生すれば、その対応工数は決して小さくありません。
だからこそ、10年以上の使用を想定する産業設備では、
「RTCバックアップ電池を何年もたせるのか」
だけでなく、
「交換頻度を減らせないか」
「交換するときに簡単にアクセスできないか」
というところまで、保守設計の一部として考えてもよいのではないでしょうか。
産業用PCを10年使うなら、RTCバックアップ電池も10年もたせたい。
RTCバックアップ電池の大容量化や外付け化は、そのための一つの選択肢です。
Cyack Labでは、CR2032などのコイン電池ホルダーから電源を外部へ引き出すためのダミーコイン電池を開発・販売しています。
CPUボードそのものを加工することなくバックアップ電源を外部へ引き出せるため、RTCバックアップ電池の外付け化や、交換しやすい位置への移設といった用途にも利用できます。
設備を10年使うなら、内部にある小さなバックアップ電池についても、一度見直してみる価値があるかもしれません。


